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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)157号 判決 1987年5月19日

原告

吉田茂夫

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和59年5月11日、同庁昭和47年審判第6782号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和33年7月11日、名称を「映画フイルムの半量節約撮影及び映写方法で映画を製作する方法」(後に「映画フイルムの半量節約撮影および映写方法」と補正)とする発明について特許出願(昭和33年特許願第19578号。以下「原出願」という。)をし、その後、昭和39年12月19日、旧特許法(大正10年法律第96号をいう。以下同じ。)第9条第1項の規定に基づき原出願を分割して、名称を「ワイド画面におけるフイルムの半量節約映画方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和39年特許願第71518号。以下「本件出願」という。)をしたところ、昭和45年11月10日出願公告(特公昭45-35158号)があつたが、訴外酒井一弘から特許異議の申立てがされた結果、昭和47年4月28日、右特許異議の申立ては理由があるものとする決定とともに拒絶の査定を受けたので、同年7月28日これを不服として抗告審判の請求(昭和47年審判第6782号事件)をしたところ、昭和49年5月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決がされたので、これを不服として東京高等裁判所に右審決の取消請求訴訟を提起し、昭和49年(行ケ)第113号事件として審理された結果、昭和52年3月24日、原告勝訴の判決がされ、同判決はそのころ確定し、特許庁において更に審理されたが、同年7月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決がされた。原告は、これを不服として東京高等裁判所に右審決の取消請求訴訟を提起し、昭和52年(行ケ)第160号事件として審理された結果、昭和58年10月21日、原告勝訴の判決がされ、同判決はそのころ確定し、特許庁において更に審理された結果、昭和59年5月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同月23日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

映画フイルム用生フイルムにその上下方向に半分に短縮されたフイルム面に順次の画面が同一方向をとる正像を為す画面を得るよう、該生フイルムを標準のそれに対し半分の定速度で輸動しかつ所定位置において標準間欠かき落し長さの半分の長さずつ標準駒送りを以つて間欠的にかき落しながら光学系を使用し露光して撮影しこれを現像して上下方向に短縮されたフイルム面に正像を為す画像を形成したフイルムとすること及びかかる上下方向に半分に短縮されたフイルム面に形成された上記の正像を為す画像から広角球面映写レンズを使用してワイド画面に投影せしめそのワイド映画を得ることを特徴とするワイド画面におけるフイルムの半量節約映画方法。

3  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおり(明細書の特許請求の範囲の記載と同じ。)と認められるところ、請求人(原告)は、昭和33年7月11日に特許出願した原出願を旧特許法第9条の規定により分割して本件出願をしたものであるが、以下(1)及び(2)記載の理由により本件出願は、旧特許法第9条に規定する分割要件を満たしていないものであるから、出願日の遡及を認めることができない。

(1)  本願発明の撮影光学系は、その具体的なレンズ構成を問うことなく、発明の詳細な説明の項に記載した球面レンズ以外に、垂直方向と水平方向の2つの円筒レンズを光路において協同させた光学系も含むものである。ところで、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲には、「生フイルムを被写体の左右方向に対し上下(歪像レンズによる横方向圧縮の像を含む)方向に1/2に圧縮された歪像を得るように歪像光学系を使用して露光し、このフイルムを現像してフイルム上に上下方向に圧縮された歪像を一駒に形成したフイルムとし、この画像をその像の圧縮された歪像に逆比率をもつて伸長復元するよう映写機の歪像光学系を使用してスクリーン上に正像を映写するようにすることよりなる映画フイルムの半量節約撮影および映写方法。」と記載されているが、この特許請求の範囲の括弧部分に関して、その発明の詳細なる説明の項の記載(原出願の発明の特許公報(以下「原出願公報」という。)第1頁右欄第25行ないし第39行)によれば、2つの歪像レンズ(円筒レンズ)を上下及び左右方向に被写体を圧縮するように使用して露光して得られた像は正像であり、この正像は広角球面レンズで映写することができるものである。

これら特許請求の範囲及び発明の詳細なる説明の項の記載に基づいて原出願の発明を理解すると、原出願の発明には、本願発明に相当する「(上下方向及び横方向に1/2に圧縮された)正像を得るよう歪像光学系を使用して露光し、このフイルムを現像してフイルム上に形成された圧縮された正像を一駒ごとに形成したフイルムとし、この正像の画像を広角度球面映写レンズを使用してスクリーン上に正像を映写するようにすることよりなる方法」が含まれていることは明らかである。したがつて、この点で本願発明と原出願の発明は同一である。

(2)  本願発明には、その明細書の発明の詳細な説明の項に記載しているように、「撮影に際して上下方向に半分に短縮されたフイルム面に球面レンズのみを使用して露光し、現像して広角球面映写レンズを使用して投影する方法」が含まれている。しかし、そのような構成は、原出願当初の明細書(以下「原明細書」という。)及び図面(以下「原図面」という。)に記載されていない。

したがつて、(1)及び(2)の点で本件出願は、旧特許法第9条に規定する2以上の発明を包含する特許出願を分割したものでないから、本件出願について出願日の遡及を認めることができない。

以上検討のとおり、本件出願は昭和39年12月19日の特許出願であるとみなすべきものであり、その結果、本願発明は以下(3)及び(4)記載の理由により特許を受けることができない。

(3)  (1)に記載したように本願発明と原出願の発明とは同一である。したがつて、本願発明は、原出願を先願として特許法第39条第1項の規定により特許を受けることができない。

(4)  映画技術レポート、1963年2月号(昭和38年2月1日社団法人日本映画機械工業会出版部発行)の第5頁左欄第13行ないし第21行及び第1図(以下「引用例」という。)には、アナモフイツク・レンズを使用しないでワイド画面を得るように標準の4送り穴1コマに対し3送り穴1コマとした映画方式及びこの方式によればフイルムは3/4の経済になることが記載されている。そして、この記載によれば、撮影に際してフイルムを標準の3/4の速度で輸動し標準間欠かき落し長さの3/4の長さずつ標準駒送りをもつて間欠的にかき落すことは明らかである。また、カメラアパーチアも上下方向に3/4に短縮されたものとなる。しかも、このようにして得られた画像は正像であるから、通常の光学系を使用して投影することも明らかである。

そこで、本願発明と引用例記載のものとを比較すると、両者は、フイルム画面の上下方向の長さ、輸動速度、間欠かき落し長さがそれぞれ標準のそれに対して本願発明では1/2であるのに対して、引用例では3/4である点で相違しているが、その他の構成は両者共に備えている。

しかしながら、このような構成の相違による効果は、フイルム節約の程度が1/2であるか、3/4であるかの差にすぎず、この節約効果の大小を変更することは、当業者であれば必要に応じて任意に選択し得るところであり、しかもそのような効果の程度の差異をもたらすように構成する点に困難性は格別存在しない。

したがつて、前記構成上の相違点は当業者が必要に応じて容易になし得る範囲のものであるから、本願発明は、引用例記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることはできない。

4  本件審決を取り消すべき事由

原出願の発明の明細書の特許請求の範囲の記載が本件審決認定のとおりであること、及び引用例に本件審決認定のとおりの記載のあることは認めるが、本件審決は、(1)原出願の発明の明細書の特許請求の範囲の記載の解釈及び本願発明と原出願の発明との比較判断を誤つて、本願発明と原出願の発明とを同一であると判断し、また、(2)本願発明の要旨と原明細書及び原図面の記載との比較判断を誤つて、本願発明の構成が原明細書に記載されていないから、本件出願について出願日の遡及を認めることができず、したがつて、本願発明は原出願の発明と同一であつて特許を受けることができないとの誤つた結論を導いたものであり、仮に、本件審決の判断のとおり出願日の遡及が認められないとしても、本件審決は、本願発明と引用例記載のものとの対比判断を誤り、ひいて、本願発明をもつて引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1 原出願の発明の明細書の特許請求の範囲の記載の解釈と本願発明と原出願の発明の同一性について

(1)  原出願の発明の明細書の特許請求の範囲中括弧部分に関して、露光して得られた像は正像であり、この正像は広角球面レンズで映写することができるものであることは、本件審決認定のとおりであるが、原出願の発明の明細書の詳細なる説明の項には、2つの歪像レンズを使用し上下及び左右を圧縮して撮影した正像を歪像光学系(2つの歪像レンズ)を使用して映写する方法が明記されている。すなわち、「なおこの場合広角度映写レンズを使用しないならば、上記の映写レンズ(第3図)と歪像レンズを組合わせて映写すればよい。」(原出願公報第1頁右欄第39行ないし第42行)旨の記載があり、右に「上記の映写レンズ(第3図)」とあるのは歪像レンズである(同第18行ないし第20行)から、原出願の発明の明細書の詳細なる説明の項には、2つの歪像光学系を使用して露光して得た正像を、(イ)広角度映写レンズを用いて映写する方法と(ロ)2つの歪像レンズ光学系を用いて映写する方法の2つの映写方法が記載されていることとなる。ところで、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲には、映写の点に関し、「映写機の歪像光学系を使用してスクリーン上に正像を映写する」旨明記され、右(イ)及び(ロ)の映写方法のうち、(ロ)の方法によつて映写することを構成要件の1つとしているが、右(イ)の映写方法については、その特許請求の範囲に記載するところがない。したがつて、右(イ)の方法で映写することを構成要件の1つとする本願発明と右(ロ)の方法で映写することを構成要件の1つとする原出願の発明とは同一発明とすることができない。被告は、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲における「映写機の歪像光学系を使用してスクリーン上に正像を映写する」旨の記載は露光で得られた歪像に関するものであるから、露光で得られた正像に関するものは、全く異なり関係のないものである旨主張するところ、本願発明は、露光で得られた正像に関するものであるから、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲に記載された発明とは関係がないものとなり、この点からも本願発明が原出願の発明と同一発明でないことは明らかである。更に、被告は、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲においては、正像の映写について理解不能であるから、その明細書の発明の詳細なる説明の項を参照して原出願の発明を理解したと主張するが、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲には、映写について「映写機の歪像光学系を使用して」と明記されており、この記載は、露光で得られた像が歪像であるか正像であるかに関係なく確定的に記載されていて、疑問の余地のないものである。

(2)  仮に、本願発明に相当する方法が原出願の発明の明細書の特許請求の範囲に含まれるとしても、発明の同一性は特許請求の範囲に記載された発明について判断しなければならないところ、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲に記載の発明は、(1)歪像光学系を使用して上下方向に半分の歪像を撮影し、歪像光学系を使用して映写する方法及び(2)2つの歪像光学系を使用して上下方向に半分のフイルム面に正像を撮影し、歪像光学系を使用して映写する方法の2つの映画方法を含む発明であるのに対し、本願発明は、上下方向に半分のフイルム面に正像(本願発明の明細書の特許請求の範囲に「上下方向に半分に短縮された」とあるのは、フイルム面の短縮をいい、映像の短縮を意味しない。)を撮影し、広角球面映写レンズを使用して映写する方法の1つの映画方法のみを含むものであるから、両者は同一発明ではない。

2 本願発明の要旨の解釈と原明細書及び原図面記載のものとの対比

本件審決は、本願発明には、「撮影に際して上下方向に半分に短縮されたフイルム面に球面レンズのみを使用して露光し、現像して広角球面映写レンズを使用して投影する方法」が含まれているところ、そのような構成は原明細書及び原図面に記載されていないとしているが、この認定は誤りである。すなわち、本願発明については、撮影光学系の具体的レンズの構成を本願発明の要件の一部と解してはならず、従来一般に知られていたような撮影光学系のレンズ構成を用いてフイルム面上に正像を形成するものであれば足りるのであるが(甲第14号証第27丁裏第9行ないし第28丁表第2行及び同丁表第8行ないし同丁裏第1行)、仮に具体的レンズの構成が問題とされるとしても、右撮影光学系のレンズ構成に関し、原明細書及び原図面には、本願発明における球面レンズのみを使用して撮影する方法は記載されていないけれども、実質上その旨の開示がなされている。これを詳述するに、原明細書第3頁第8行ないし第4頁第8行には、「以上はスタンダード(平面)の場合であるが、この方法でシネマスコープを撮影すると、従来と全く正反対な像現像を起すすなわち第4図はシネスコ撮影のレンズ組合せ側面図と底面図でL1L2L3L4L5は円筒レンズで従来のシネマスコープ同様被写体を左右(横)に1/2圧縮しその圧縮された像をこの方法による撮影レンズの前群(円筒レンズ)L6L7L8L9L10によつて更に上下(縦)に圧縮される。これによつて得た像は前に述べたように上下左右をそれぞれ1/2に圧縮された像でありシネスコのレンズが捕えた広範囲の被写体と相似する圧縮された正像である。従来まではシネスコを映写する時映写レンズ(球面レンズ)とアナモフイツクレンズ(円筒レンズ)を組合せて映写していたが、この方法では像が圧縮された正像であるため焦点深度の非常に優れた像であるから広角度映写レンズ(球面レンズ)だけでも上映出来る」との記載があり、この記載部分には、上下方向に半分に短縮されたフイルム面に正像の画面を形成すること、及びこれを球面レンズを使用して映写することが記載されており、その撮影の際の光学系に、ワイドコンバージヨンレンズ(球面レンズ)を使用することについては、記載されていないとしても、映写の際に広角球面映写レンズを使用できることは言及されている。しかるに、正像を撮影するためのレンズとしては、球面レンズを使用することが極めて一般的なものとして知られており、また、映画はその発表されたとき以来、原理的に撮影の際のレンズと映写の際のレンズは、焦点距離その他の設計的な構成を変えることがあつてもレンズとして同様のものであればよいことは周知慣用の技術手段であつて常識となつているものである。したがつて、右の記載部分において、「正像」を撮影し、かつ、その「正像」を映写する際に広角球面映写レンズが使用できることを明確に開示している以上、撮影の際にも球面レンズを使用できることは明らかであり、このことが充分に開示されている。

以上のように、撮影光学系を球面レンズのみで構成することは、原明細書に開示され、かつ、自明な事項であるから、少なくとも当業者であれば、明文の記載がなくても、記載してあるものとして明細書を読むことができる。

3 引用例の解釈と本願発明と引用例記載のものとの対比判断の誤り

仮に、本件審決認定のとおり本願発明の出願日が原出願の出願日まで遡及しないとしても、本件審決は、引用例の解釈を誤り、引用例にはフイルムを節約するという技術的思想が記載されているとし、本願発明をもつて引用例記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると誤つて判断したものである。すなわち、引用例に3送り穴1こまとした映画方式が記載されているが、右記載から当然に、「撮影に際して、フイルムを標準の3/4の速度で輸動し」フイルムの節約を図ることができるということにはならない。引用例には、「3送り穴1こまで、毎秒32こまにすると、線速度は前者と同じく456mm/秒になる。」(第5頁左欄第23行ないし第24行)との記載があるところ、右記載によれば、3送り穴1こまでも、フイルムは標準と同じ速度(456mm/秒)で輸動させているから、「フイルムは3/4の経済になる。」(同欄第20行ないし第21行)という記載があるからといつて、当然にフイルムを節約するという技術的思想が示されているとはいえない。右記載から明らかなように、引用例記載のものは、フリツカを感じさせないようにすることが目的であり、そのために標準のものと同じ長さのフイルムを使用して毎秒当りのこま送り数を多くしようとするものである。このように、引用例記載のものは、標準のものと同じ長さのフイルムを使用するものであるから、1mmも節約にならない。引用例の「フイルムは3/4の経済になる」との記載は、次のように理解すべきである。すなわち、4送り穴引きおろし方式で標準の毎秒24こま送りをすると、1こま当りのピツチが19mmであるから、線速度は456mm/秒となつて、1秒当り456mmのフイルムで済むが、これを毎秒32こまにすると、線速度は608mm/秒、すなわち、1秒当り608mmのフイルムを必要とすることとなり、大変な不経済になる。しかるに、これを3送り穴引きおろし方式で毎秒32こまにすると、1こま当りのピツチが14.25mmであるから、線速度456mm/秒となり、フイルムは1秒当り456mmで済み、標準のフイルムと同じになる。このことを、引用例では、「経済になる」といつているのである。換言すれば、4穴で毎秒32こま輸動させた場合、フイルムの長さが608mmとなつて不経済になるところを3穴で輸動させるから、456mmで済み、標準の毎秒24こまと同じ長さのフイルムで済むから、不経済にならなくて済んだということにすぎず、実質上は、「4送り穴引きおろし、毎秒24こま」(標準のもの)に対し、1mmも経済にならない。更に、本願発明では、撮影されたフイルム面の画像は正像であるのに対し、引用例では、フイルム面の画像が正像が歪像が明らかでない。また、本願発明では、フイルム面に形成された正像をなす画像から、広角球面映写レンズを使用してスクリーンにシネマスコープ型のワイド映画を映写することができるが、引用例では、ワイドといえるかどうか疑問である。仮に、ワイドといえるとしても、引用例は、「ワイドスクリーン映画」について記載しているが、使用するフイルムの画面が横長かどうか、また、その画像が正像かどうか、使用する光学系がどのようなものかについては、何も記載されていない。右のように、引用例には、ワイド画面においてフイルムを節約する技術的思想が全く示されていないから、その開示のあつたことを前提とする本件審決の判断は誤りである。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であつて、原告主張のような違法の点はない。

1(1) 原告主張4、1、(1)について

原出願の発明の明細書の詳細なる説明の項には、原告主張のとおりの記載があり、したがつて、2つの歪像光学系を使用して露光した正像の原告主張(イ)及び(ロ)の2つの映写方法が記載されていることとなることは認めるが、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲の「映写機の歪像光学系を使用してスクリーン上に正像を映写する」の意味は、露光で得られた上下方向に圧縮された歪像を逆比率でもつて伸長復元するよう映写機の歪像光学系を使用して正像に映写するものであつて、露光で得られた正像を映写するものではない。一方、原出願の発明の明細書の詳細なる説明の項の記載内容である右(イ)及び(ロ)の2つの映写方法は、露光で得られた正像に関するものであつて、両者の記載内容は、露光で得られた像が歪像であるか、正像であるかの差があるから、全く異なり関係がない。したがつて、歪像に関する「映写機の歪像光学系を使用してスクリーン上に正像を映写する」旨の記載を理由にして、正像の映写方法(前記(イ)及び(ロ))が原出願の発明の明細書の特許請求の範囲に記載されているか否かを論ずるのは合理的根拠を欠くものであり、この誤つた前提に基づいて原出願の発明の明細書の特許請求の範囲に右(イ)の映写方法が記載されていないとする原告の主張は誤りである。原出願の発明の明細書の特許請求の範囲の括弧部分の記載は、露光の際の技術的内容を表したにすぎず、その結果得られる正像(上下、左右に2つの歪像レンズを使用して得られた正像)の映写については、前記のとおり、その特許請求の範囲に何ら記載がない。したがつて、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲の記載は、正像の映写について理解不能であるから、本件審決は、その発明の詳細なる説明の項の記載を参照して、原出願の発明を理解したものである。このような発明の理解手法は、甲第14号証第28丁裏第7行ないし第30丁裏第2行にも存し、判例上定着している。したがつて、前記(イ)の方法が原出願の発明に含まれているとした本件審決の判断に誤りはない。

(2) 同4、1、(2)について

本願発明の明細書の特許請求の範囲に「上下方向に半分に短縮された」とあるのは、フイルム面の短縮をいい、映像の短縮を意味しないとの原告主張の事実は認めるが、原出願の発明及び本願発明は、いずれも前述のとおり、「(上下方向及び横方向に1/2に圧縮された)正像を得るよう歪像光学系を使用して露光し、このフイルムを現像してフイルム上に形成された圧縮された正像を1駒ごとに形成したフイルムとし、この正像の画像を広角度球面映写レンズを使用してスクリーン上に正像を映写することよりなる方法」をその対象とするものであり、この点において両者の発明は、その発明の構成において重複するから、同一である。

2 同4、2について

原告指摘の原明細書の記載部分(第3頁第8行ないし第4頁第8行)には、被写体を円筒レンズで左右1/2に圧縮し、更に円筒レンズで上下に1/2に圧縮して正像を得るとともに、球面レンズで映写することが記載されているだけであり、撮影の際に球面レンズを使用することについては何らの記載もない。原告は、球面レンズを使用して撮影、映写を行うことが周知であつたことを前提として撮影の際にも球面レンズを使用できることは明らかである旨主張し、右周知慣用の技術に関する原告主張の事実は認めるが、周知事項であることは、あくまでも周知事項であるというだけにすぎず、それが原明細書に記載されていたということにはならない。原告の右主張は、要するに、撮影の際に球面レンズを使用することを容易に思いつくということであり、記載事項とは関係がない。また、原告は、撮影光学系を球面レンズのみで構成することは、自明な事項であるから、少なくとも、当業者であれば、明文の記載がなくても記載があるものとして読むことができる旨主張するが、前述のとおり原明細書には撮影光学系を上下左右に圧縮する2個の円筒レンズで構成することのみが記載されており、それ以外の撮影光学系については何ら記載されていないから、撮影光学系を球面レンズのみで構成することは自明な事項というを得ない。

3  同4、3について

原告指摘の引用例第5頁左欄第23行ないし第24行の記載は、引用例の同頁左欄第21行以下の「ただし音響関係を考えると…」との記載内容の一部をなし、ここでいう音響関係とはトーキーを指すものであるから、トーキー化した場合は毎秒32コマとした方が線速度が同じとなり、よいといつているのであり、そうでない場合は、毎秒32コマにする必要がないから、引用例記載のとおり3/4の経済となる。なお、引用例中の叙上記載は、「ただし書」の前後において文意が異なることは明らかである。引用例の「フイルムは3/4の経済になる。」との記載につき原告が理解すべきものとして詳述する主張部分(特に線速度608mm/秒の点)は、引用例に記載されておらず、原告の独断にすぎない。また、原告は、引用例では、フイルム面の画像が正像か歪像か明らかでない旨主張するが、引用例には「アナモフイツク・レンズを使用しないワイドスクリーン映画」(第5頁左欄第16行ないし第17行)と記載されているから、球面光学系を用いるものであつて、画像は正像であり、しかもフイルムの画面は横長であることも明らかである(具体的には1.66対1の横長画面である。)。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 原告の主張は、以下に説示するとおり理由がなく、本件審決の判断は正当というべきである。

前示本願発明の要旨及び右要旨中「上下方向に半分に短縮された」との文言が映像の短縮ではなく、フイルム面の短縮を意味するとの当事者間に争いのない事実に成立に争いのない甲第3号証ないし第7号証の各1及び2(本願発明の訂正明細書、訂正書差出書及び訂正書)、第8号証並びに第9号証(いずれも手続補正書)を総合すれば、本願発明は、映画方法の改良に関するもので、前記要旨(明細書の特許請求の範囲の記載に同じ。)のとおりの撮影及び映写に使用する光学系、フイルム輸動速度並びに駒送り方法を選択し、映像を上下方向に半分に短縮されたフイルム面に1駒に形成することにより、大幅に節約したフイルムをもつて鮮明な画像を得ることを目的とするものであり、本願発明における「正像」とは撮影された像が、通常の映画の映写と同様、歪像レンズを使用することなく、球面レンズ系レンズで映写し、正しい像をスクリーン上に映し出すことができる画像、すなわち常識的意味において、そのままスクリーン上に映写して観られる画像(以下「正像」という。)を意味するものであることを認めることができ、本願発明の明細書の右特許請求の範囲の記載に叙上認定の事実を総合すれば、本願発明は、撮影された正像を広角球面レンズを使用して映写することを構成要件とするものであるところ、撮影光学系については、フイルム面に正像を形成するものであることを構成要件の1つとするが、その具体的なレンズ構成については限定がなく、したがつて、本願発明においては、撮影光学系レンズとして、被写体を上下方向に1/2に圧縮する円筒レンズ(歪像レンズ)と左右を1/2に圧縮する円筒レンズ(歪像レンズ)を組み合わしたレンズ(これにより正像が得られることは、成立に争いのない甲第11号証の1ないし3(原出願の願書並びに添付の原明細書及び原図面)の記載に徴し、明らかである。)を使用する場合及び球面レンズのみを使用する場合の双方を含むものと認めるべきである。

一方、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲の記載が本件審決認定のとおりであること、その括弧部分に関して、露光して得られた像が正像であり、この正像は広角球面レンズで映写することができるものであること、並びに原出願の明細書の発明の詳細なる説明の項に2つの歪像レンズを使用して上下及び左右を圧縮して撮影した正像を広角度映写レンズ(球面レンズ)を使用して映写する方法と歪像光学系(2つの歪像レンズ)を使用して映写する方法の2方法が明記されていることは、当事者間に争いがないところ、これらの事実に、当裁判所に顕著な正像を広角球面レンズを使用して映写することが原出願当時自明に属する技術事項であることを考慮し、更に、前掲甲第11号証の1ないし3により認められる原明細書及び原図面にも、前示原出願の明細書の記載と同様、2つの歪像レンズを使用して上下及び左右を1/2に圧縮した正像を撮影し、この正像を広角度映写レンズ(球面レンズ)を使用して映写する方法と歪像光学系を使用して映写する方法の2方法が記載されていること(同号証の2中第3頁第9行ないし第4頁第10行)を総合すると、原出願の発明は「上下方向及び横方向に1/2に圧縮された正像を得るよう歪像光学系を使用して露光し、このフイルムを現像してフイルム上に形成された圧縮された正像を1駒に形成したフイルムとし、この画像を広角球面レンズを使用してスクリーン上に正像を映写する方法」を含むものと解すべきである。原告は、原出願の発明の明細書の特許請求の範囲の文言に照らし、叙上のように解し得ない旨主張するが、右主張は叙上認定説示に照らし、採用することができない。

叙上認定説示したところに基づき、原出願の発明と本願発明とを対比すると、本願発明において、「撮影光学系として歪像レンズを組み合わして上下方向に半分に短縮されたフイルム面に順次の画面が同一方向をとる正像をなす画面を得るように露光して撮影し、これを現像して上下方向に短縮されたフイルム面に正像をなす画像を形成したフイルムとすること、及びこのフイルム面に形成された正像をなす画像から広角球面レンズを使用してワイド画面に投影してワイド画面を得ることを特徴とする方法」は、前説示の原出願に含まれる発明と同一であり、重複することは明らかである。

そうであるとすれば、本件出願は、旧特許法第9条所定の2以上の発明を包含する特許出願を分割したものではなく、分割の要件を満たさないものであるから本件出願について出願時の遡及を認めることはできず、したがつて、本件出願は前記分割出願時である昭和39年12月19日に特許出願をしたものというべきところ、本願発明が先願である原出願の発明と同一であることは前認定のとおりであるから、本願発明は特許法第39条第1項の規定により特許を受け得ないものというべく、本件審決の認定判断は、その余の点について判断するまでもなく、正当というべきである。なお、附言するに、原告は、本件審決が、原明細書及び原図面に、「撮影に際して上下方向に半分に短縮されたフイルム面に球面レンズのみを使用して露光し、現像して広角球面映写レンズを使用して投影する方法」は記載されていないとした認定判断を誤りとし、原明細書及び原図面には、球面レンズのみを使用して撮影する方法の記載はないが、映写の際に球面レンズを使用することについて記載があり、正像を撮影するためのレンズとして球面レンズを使用することは原出願当時自明の事項であること等を理由に、撮影光学系を球面レンズのみで構成することは、明文の記載がなくても、原明細書及び原図面に開示されているか、読み取り得るものである旨主張するが、球面レンズのみで正像を撮影することが原出願当時自明の事項であれば、本願発明が撮影光学系として球面レンズのみで正像を撮影する点は、原出願の発明における撮影光学系として、短縮された正像を得るため歪像光学系を使用した点を自明の球面レンズのみで正像を撮影する方法に置き換えたにすぎず、したがつて、本願発明は、撮影光学系として、歪像光学系を使用する場合も原出願の発明と同一に帰するものというべきであり、結局右主張は本件審決の結論を左右するに足りない主張というほかない。

(結語)

3 以上のとおりであるから、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 高山晨 清永利亮)

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